おんな城主 直虎 第14回「徳政令の行方」感想&解説など

 前回に引き続き、今回も徳政令絡みのお話です。

 内容としては、徳政令発布を利用した小野政次のお家乗っ取りに対し、井伊直虎があの手この手でどうにかしのいでみせた、という感じです。

 直虎が用いたやり方は、そこまで奇抜な方法でもなく、百姓たちも単純な印象はありましたが、理に情に訴えた直虎のやり方は分かりやすかったですね。

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今川仮名目録

 今回の解説は『今川仮名目録』について。

 前回から出ていましたが、これは歴史の授業で出てくる名称ですので、ご存知の方も多いはず。
 そういえば「逃散」も授業で習いましたね。

 さてこの『今川仮名目録』というのは、駿河の戦国大名の今川氏が制定した、分国法のことです。
 分国法とは、おもに戦国時代に制定された領内統治のための法典といわれています。

 私の記憶で、授業で出てきた有名な分国法といえば、今話しに出ている『今川仮名目録』や、武田氏の『甲州法度次第』、朝倉氏の『朝倉孝景条々』ですね。今でも習うのかは分かりませんが、少なくとも自分の時は習いました。

 『今川仮名目録』を作ったのは、ドラマで今現在、今川家で当主をやっている今川氏真、ではありません。もし氏真がこんなものを制定していたら、後世の評価はかなり違ったものになっていたでしょう。

 制定したのは今川氏親という人物です。氏真のおじいちゃん、ですね。
 とはいえこれが制定されたのは1526年(大永6年)であり、この時、今川氏親はすでに病床にありました。

 そのためこの制定にあたり、大きく関与したとされているのがその妻である、寿桂尼です。ドラマでも最近露出が増えてきていますね。

 さらには今川義元の代において、この分国法に対し、追加で『仮名目録追加21条』を作って補填していたりします。これは前述した武田信玄の作った分国法『甲州法度次第』にも影響を与えているそうです。

 ちなみに義元はこの分国法をもって、今川氏を守護大名から戦国大名に転進させたことでも知られています。

 ともあれそんなわけで、今川義元やその母親である寿桂尼などは、歴史上、とても評価されているわけですね。

 さて次回は題名を見るに、どうやら寿桂尼が直虎の前に立ち塞がる、といった感じです。
 寿桂尼は斜陽の今川家を支え続けたおんな戦国大名とも呼ばれる人物。
 はてさてどうなるのか。


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