おんな城主 直虎 第12回「おんな城主直虎」感想&解説など

 今回のお話を一言で言えば、井伊家の中核を為していた人物がことごとく葬られた回、でした。

 まずは井伊直親が、駿府へ向かう道中にて謀殺されます。

 場所は掛川城付近で、ここは井伊谷から駿府に向かう道中にあたります。
 前回の感想でも書きましたが、この掛川城の城主を務めていた朝比奈泰朝の手にかかり、直親は横死しました。

 この掛川城はその後、戦国大名今川家の終焉の地となります。
 当主の今川氏真は駿府を追われた後、ここに拠って朝比奈泰朝と共に、攻め寄せる徳川軍を相手に奮戦。家康はついに陥落させることができなかったという、城なわけですね。

 大坂城にしろ掛川城にしろ、家康は正攻法では落せなかったわけで、そのせいか何となく……城攻めは苦手だったんだろうなと、個人的にはそんな印象を持っています。
 代わりに野戦は得意だったイメージがありますが。

 ちなみにこの掛川城、ずっと以前にやっていた『功名が辻』に出ていた山内一豊が、関ヶ原の戦い以後、土佐の大名に出世するに関わった城でもあります。

 ともあれ、これによって直親は死去。

 この時、井伊家は存亡の危機に瀕するのですが、それを救ったのが新野親矩でした。そのため親矩は、井伊家の最大の危機を救った人物として、後世には知られています。

 作中でも虎松の命乞いのために駿府に向かっていましたね。

 しかしその後、そんな親矩や井伊家重臣であった中野直由、そして長老的存在であった直平と、次々に死んでいくことになります。

 作中において、ナレーションでさらっと流されていましたが、直平は今川から離反した天野景泰、元景親子を攻めている最中に死去。不審な死~と解説されていましたが、『井伊家伝記』という史料において、直平は飯尾連竜の妻であるお田鶴の方に毒殺されたことになっているからですね。
 ちなみにこの『井伊家伝記』の井伊直平に関する記述は明らかに誤りなので、解説ではぼかした言い方をしていたのだと思われます。

 そして新野親矩と中野直由は、これまた今川に反旗を翻した曳馬城を攻め、共に討死してしまいます。

 この曳馬城城主を務めていたのが飯尾連竜であり、直平を毒殺したことになっているお田鶴の方の夫なわけですね。

 そんなこんなで井伊家から男がいなくなり、そのタイミングを見計らって小野政次が帰還。
 どうやら腹をくくったようで、いい感じで悪人化しておりました。

 その政次がつれてきたのが、いわゆる井伊谷三人衆ですね。しかしこの三人組を政次がつれてきたというのは……後のことを考えると、皮肉な演出な気がしますね。

 ともあれ、これにより男を失った井伊家は次郎法師を擁立し、名を直虎と改め、井伊直虎が誕生することになるわけです。

 余談ですが、今川に攻勢をかけていた松平は、いわゆる三河一向一揆の勃発により、勢いを削がれることになります。ナレーションではこの時、一揆側についた家臣もいたと言っていましたが、その中には本多佐渡こと本多正信もいました。
 昨年の大河ドラマ『真田丸』をご覧になっていた方は覚えてらっしゃるかもしれませんが、いつも家康にくっついていた家臣ですね。

 正信は家康に重用されて「友」とまでいわれた人物ですが、若かりし頃は家康に対して反逆したこともあったのです。


 <<おんな城主 直虎 第11回「さらば愛しき人よ」感想&解説
 おんな城主 直虎 第13回「城主はつらいよ」 感想&解説 >>