小畠日浄 ~鬼虎・小畠虎盛の父

五枚根笹 小畠日浄とは戦国時代の武将であり、甲斐武田氏の家臣です。
 浪人衆の足軽大将。
 鬼虎として武勇に優れた武将として知られる小畠虎盛の父にあたる人物です。

 小畠日浄 (おばた にちじょう)
 生年  不詳
 没年  1514年(永正11年2月10日)
 別名  盛次
 家紋  五枚根笹
 主君  武田信虎
 子   小畠虎盛
     小宰相(大熊朝秀室)

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来歴

 日浄の小畠氏は、もともと甲斐国ではなく、隣国の遠江国の勝間田の出身であるとされています。

 『寛政重修諸家譜』によると、日蓮宗に帰依していたという記録が残っています。

 遠江国にて生まれた日浄ですが、1500年(明応9年)に、子の虎盛と共に甲斐国へと向かい、当時、甲斐守護を務めていた武田信虎に仕官。足軽大将に任じられたと、『甲陽軍鑑』にはあります。

 日浄については詳しい来歴は伝わってはおらず、生年も不明ですが、没年については子の小畠虎盛が24歳の時に死去したとされており、そこから1514年(永正11年)であるとされています。

 後を継いだ虎盛もまた足軽大将となり、信濃国の海津城城代であった春日虎綱(高坂昌信)の副将として、二の曲輪に在城しました。
 虎盛もまた、日蓮宗に帰依したとされています。

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